あなたは今、こんな気持ちを抱えていませんか?
「なんとなく、生きているのがしんどい」
「みんなが当たり前にできていることが、自分にはできない」
「この社会のレールに乗れない自分は、どこかおかしいのかもしれない」
もしそう感じているなら—— このページに辿り着いたのは、
偶然じゃないかもしれません。
「普通」に生きられなかった男の話をさせてください
はじめまして。麻田 雅路(あさだ がろ)です。
私の話を、少しだけ聞いてもらえますか。
大学受験で浪人をした、あの頃のことは今でも覚えています。
ただ勉強が遅れた、というだけじゃない。
あの時期から、私の中に何かが静かに忍び込んできた。
「生きることへの絶望感」
最初は小さな霧のようなものでした。
でも、それはじわじわと、気がつかないうちに、
自分の足元から根を張りはじめていた。
大学を卒業する頃、私は一度だけ「普通の道」を歩こうとしました。
就職して、組織に入って、みんなと同じように社会の歯車になれば、
この霧も、いつか晴れるんじゃないかと思っていた。
でも、違った。
スーツを着て、決まった時間に出勤して、
上の顔色を読みながら言葉を飲み込んで—— そうやって毎日「自分」を押し殺し続けていたある日、
ふっと、限界が来た。
音もなく、静かに。でも、確かに。
私はその日、用意されていた道を、
全部手放しました。 肩書きも、「ちゃんとした社会人」という未来も。
何者でもない恐怖の中で、震えていた
道を外れた後の世界は、想像以上に孤独でした。
「自分は何者でもない」
「このままどこにも辿り着けないんじゃないか」
「社会から落ちこぼれた自分には、幸せになる資格なんてないんじゃないか」
そんな言葉が、毎朝目が覚めるたびに頭の中を渦巻いていた。
お金への不安は、常に胸の奥に居座っていました。
「足りない」「奪われる」「また失う」—— 欠乏感と恐怖が、呼吸のように染み付いていた。
笑えない日がありました。
外に出られない日もありました。
誰かと話すたびに、自分の「みじめさ」を突きつけられる気がして、
ただ、ひとりで部屋の中にいた日々がありました。
暗闇の中で、気がついたこと
でも、そんな時期があったからこそ—— 私はひとつの、とても大切なことに気がつくことができた。
外の世界をどう変えるか、
より先に、 自分の内側にある「意識」を整えることのほうが、
ずっと根本的で、ずっと本質的で、
ずっと豊かさに直結している、ということ。
これは、きれいごとじゃない。
スピリチュアルなふわふわした話でもない。
お金に対してずっと恐怖と欠乏感しか感じられなかった私が、
意識を変えていく中で、
少しずつ、本当に少しずつ—— 「足りている」という感覚を取り戻していった。
精神的にも、物質的にも。
今の私は、「満ちている」という感覚の中で、毎日を生きています。
あれほど怖かったお金が、怖くなくなった。
あれほど苦しかった「自分」が、愛おしくなった。
社会のレールを外れたことが、解放だったと気づいた。
あなたへ
社会のペースについていけなくて、
毎日どこかで息をひそめながら生きているあなたへ。
競争から降りることは、逃げじゃない。
「普通」になれないことは、欠陥じゃない。
レールを外れることは、終わりじゃない。
むしろそれは、本当の自分を生きるための、はじまりかもしれない。
このブログでは、私が暗闇の中をかき分けながら学んできた、
「豊かさの循環」に生きるためのヒントを、 包み隠さず、言葉にして届けていきます。
お金のこと。
意識のこと。
自分らしさのこと。
生きることへの、恐怖と希望のこと。
あなたがこのブログを読んで、 ほんの少しでも「息ができた」と感じてもらえたなら、
それだけで、私がここに言葉を綴る意味があります。